| 言葉のイメージ 「陶芸やってるんでしょ、スゴイねぇ。」 話すひとからよく言われてしまう言葉です。 「いえいえ、そんなむずかしい事をしてるわけじゃあないんですよ、」 決まってそんな意味の言葉で返事をしています。 私達は、むずかしい事をしている訳ではありません。 モノづくりです。土を使います。親しみやすい素材です。 幼い頃に誰もが遊んだ泥遊びだって、土を使ったモノづくりです。 陶芸、と格好良く言った所で、それは土を使ったモノづくりなのです。 思うに、「陶芸」、この言葉には、ヘビーなイメージがくっついてしまっています。 特に、この「芸」という文字がよくありません。 なんだかすごいコトをやらかしそうで、近寄り難く感じさせます。 「こりゃ凄い技術を駆使して作るのよ、分かる人にしか分からない味があるのよ、」 そんなイメージで「陶芸」を解釈してしまっている方、少なく無いと思います。 辞書を引いてみると、「芸」という文字にはこんな意味があります。 ひとつは、「習いおぼえた特別のワザ。」という意味。 これがヘビーなイメージにしているのです。重いです。いけません。 もうひとつ意味があります。「人を楽しませるためのワザ。」 こちらが良いです。 陶芸の「芸」だって、人を楽しませるためのワザです。そう思います。 土という素材を高温で焼成することでやきものに変化させる芸、 またはその芸で出来上がったモノを見て触れて、人は素直に楽しむことが出来るはずです。 勿論、体得した独自の手業はあります。けれど、その技術の器用さが自慢な訳じゃありません。 手業で出来上がった、そのモノを楽しんで欲しいな、と思っています。 ただ楽しい創作なのです。 その一方、「陶芸」のヘビーなイメージを作り出してしまったのは、いわゆる「陶芸家」です。 陶芸家はなんだか特別な存在なのだよ、えっへん、という印象を世に与えてしまったのは 他ならぬ、そんな陶芸家を演じている作り手の存在に原因があると考えます。 せっかく作ったうつわを、窯出しの後すぐ「だめだっ」なんてぱんぱん割ったりしたくありません。 ヘビーなイメージを利用している作り手、こちらもまた少なく無いのです。 こんな仕事をしていて言うのはおかしな話かもしれませんが、 自分達の仕事を紹介するとき、「陶芸」や「陶芸家」という言葉を使う事に なんだか、ちょっと違和感を持っていました。ずっと以前からです。 言葉から勝手に連想してしまう、重たいイメージが、野暮ったいと感じたからです。 シンプルで愉快な仕事を続けてゆきたい、そう思うからです。 私達は、「簡潔なモノづくり」を大切に考えています。 制作に対する姿勢も、シンプルで愉快に、そして簡潔でありたいのです。 ただ、ほんのちょっとした言葉のイメージの話です。何て事無い話なのです。 |
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(2004年5月) |