「なぜろくろ」について


白い紙に、すうっと、線を一本入れます。
その痕跡には、筆圧や描く速度が情報として残ります。
筆圧や描く速度は、その時の気持ちによって変わりますから、
感情までも、一本の線には克明に残るのです。

数年前、納品の期日がしっかりと決まっている仕事の最中に、
うっかり指先を切ってしまった事がありまして、
さあ納期も迫っている、雨の日続きでうつわも乾かない、
どうしよう、どうしよう、ばたばたしながら、
なんとか仕上げた、という冷や汗まじりの記憶があります。

ある時ふと、何気なく手にしたうつわをみると、
昔、ばたばたしながら仕上げた、あの時の、残りのうつわでした。
工房のふたり、それを見ながら、あららそんな事もあったね、と
ぼんやり思い出して笑っておりました。
よく見ると、そこにはろくろの指跡に沿って、
すうっと一本、線が残っていました。
それは、うっかり指先を切ってしまった時、
あわてて貼ったバンソウコウの跡だったのですが、
その痕跡を見つけた途端、工房のふたり、笑みが途絶えたのでした。
ぼんやりとした思い出が、突然、まるで昨日の事の様に、
急にリアルな記憶としてよみがえり、
工房のふたり、思わず冷や汗をかいたのでした。

ろくろは面白いなあ、と思いました。

ろくろの指跡には、指先の力や回転速度が情報として残ります。
そして、それはバンソウコウの跡でしたけれど、
例えば、ゆったりと気持ちよくつくる、そんな感情も、
痕跡として残せるなあ、と思ったのです。
   
レコードの溝が、そういえばちょうどそんな感じでしょうか。


(2003年7月)

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