「陶芸教室」を考える



この頃よく「陶芸教室」という名のイベントに参加します。
「講師として来ていただけませんか、先生。」なんて主催側から言われて、
センセイでもなんでもない自分たちがひょこっと伺います。
結局、一緒になって楽しんでいます。
一緒になって遊ぶ、というとちょっと語弊があるでしょうか。


私たちは、ちょっとしたハプニングを期待して参加します。
作る本人も、私たち回りの参加者も、ビックリしたり感心したりするような作品が
生まれてほしい、出来上がる様子をみたい、そんなことを期待しています。
参加する方と一緒になって、大いにわくわくしたいと思っています。

もちろん、みなさんにはうつわのカタチにする方法を簡単に説明しますが、
そこからは自由にどんどん思うままにつくってほしいのです。
穴があいたり、焼成に耐えないカタチだったりする場合だけ、修正します。
希望に添う、用に足るカタチを維持するだけをお手伝いしています。

だから、「陶芸教室」という名に集まったけれど、何かをお教えする、といった
意味では「教室」という言葉はふさわしくありません。

大いに楽しんで帰ってもらいたいなあ、そう願って止みません。
土に触れているうちに、意外な発見をしたり、思わぬイメージがわき出したり、
なんだか懐かしい感覚にとらわれたり。そんな体験をすることで
参加した時間がわくわくした嬉しいものに感じてほしいなあ、と
そんなことを思いながら、またいそいそと「陶芸教室」へ伺うのでした。



せっかく、土という自由な素材を使うのですから、おもしろいことになるはずです。
「陶芸教室」は、学校の授業のようでは、絶対につまらない。


初心者はこっち、経験者はこっち、そんな分け方も必要ありません。
土という素材を使って何かのかたちをつくる事は、
私たちはずっと昔の幼い頃に経験済みなのですから。

子供も大人も、男性も女性も、「陶芸教室」が初めてのひとも、
陶歴10年です、というひとも、センセイも、みんな一緒に作業台を囲んで
時にわいわいと、時に無言で、土を触るという共通の体験を通して
わくわくした嬉しい感覚を共有できればいいなあ。


「陶芸教室」という言葉の代わりに
例えば「陶器制作オープンスタジオ」とか、「うつわ作りワークショップ」とか、
ちいさな子供を対象にする「ちびっこ土遊び広場」とか、(笑)
そんな、もっと曖昧で勝手な解釈の出来る言葉に置き換えてみると
土を前にした時、もっと自由に手が動くのではないか、
なんて想像しています。
(2004年9月)

散文集の目次へ戻ります。