| 「ユーモア」について 近頃、縁側がお気に入りである。 ごろりと寝転がってただ空を流れる雲を眺めるのが好きだ。 それぞれの違う形に、色々なモノを想像してみる。 そこから見える庭の木々も、実に面白い。 普段見慣れているはずなのに、何とも興味深い形をしているものだ。 虫たちの顔にしてもそうである。 中には、くすりと笑ってしまうものもある。 ゆったりとした時間を過ごす時、 顔は微笑んでしまう。決まってそうである。 縁側で、妻の入れてくれたコーヒーなどを飲みながら、 ふと、ひとり微笑んでいる自分に気づく。 何故か微笑んでいるのである。 いつもなら車で走り抜けてしまう所を、今日は歩いてみる、 そんな時、道端に咲く小さな花をみつけて微笑んでしまう、 そんな経験をされた事は無いだろうか。 ゆったりとした時間の中で、ひとは普段以上に多くの情報を得る。 見慣れているはずのモノは実はちっとも見慣れていない。 意外な発見は、ユーモアに結びつき、そして微笑みを生むのである。 作ることを仕事に選んだ自分達にとって、 ユーモアは重要な要素である。 作品を、難しい顔で凝視されるのは決して望む所では無い。 意外な発見から生まれる、その微笑みを、 作品を通して見たいのである。 ユーモアは、力を秘めている。 混沌とした事象が起こり続ける世の中で、 微笑みを生み出す力こそ、 最後の切り札ではないだろうか。 縁側に寝転がって、そんなことを考えたりする。 |
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![]() 中国新聞夕刊「でるた」(2001年11月1日)掲載 |