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| 2004/12/11/土 |
| またまたずいぶんと間が開いてしまいました(汗 このところ風邪をひいたこともあったのだけど、少々忙しくて時間がなかったです。年末になるともっと苦しくなってくるだろうなぁ… 日記も書きたくなかったわけではなくて。 むしろ文章はふつふつと沸いてきてたんですが、私の場合はいつも車の運転中か風呂に入っているときに思いつきます。 で、軽微な高次脳機能障害な私は(←シャレではなくホントです^^;; )すぐに記憶がなくなってしまうので、『ああ!』ってひらめいたことをメモに書いておくわけです。風呂の場合はもう忘れるがままなんですけど。 で、そのメモもかなりたまってるんですが、全ての文章を書けないのでちょこっと書いてある紙片がたまっているわけですよ。 例えば… 『複数の人間が治めれば民主的かというとそうではないと思う』 とか 『多様性のない組織はたった一種の環境変異でやられてしまう。変異のない個体群がたった一種のウイルスにやられるように』 とか。 非常に強い電波が出てるメモがたくさん(笑 それぞれそのときが旬の思いだっただけに、いまさら見直してもそのことの内容を思い出すのが精一杯で、とてものこと文章になるだけの活性化エネルギーをもっていないのが悲しい。 そんなメモがB6サイズくらいなんですがもう20枚程度もたまってます。 ぐらさんへのラブレターも第3稿もあったり… この『高次脳機能障害』って単語も最近の知見なのでなかなか覚えられなくて携帯のメモ機能でメモしました。偶然TVで見たんす。 色々症状があるんですが、そのTVで紹介されたのは記憶障害。 何らかの原因で脳に酸素が一時的に供給されなかった場合などに起こります。 簡単に言えばテム・レイです(笑 TVで紹介された子と同じように、私は事件以来の記憶が非常に困難になってます。それ以前のことは鮮明に覚えているので、親しい他人にもなかなか理解されなかったのですが、そのTVのおかげでちょっぴりすっきり。 やっぱそういうのあるんじゃんって。 ちょっとショックも受けました。正直。『気のせいじゃない』ってわかって。 までも私はそれは『必要経費だった』と思ってます。自分のやってきたことに対して払うべきものを払っていると。それだけのことはしてきたのだから。そして今の私はこういう自分を放棄するつもりがないし。 今日ババオウゴンオニのブリード個体見ました。 マジかっこよかったっす^^ |
| 2004/12/12/日 |
| 私は女性に興味を持つことしきりなのだが、相手にされることはほとんどないため、常に思索の世界に身をおかざるを得ない。むろんそれはいわゆる『桃色妄想』なこともあるが、私の場合は大抵が雌雄という『関係』を考える。 たくさん思うことはあるのだが、今日は『好み』というヤツだ。私が好きになる女性には一般に共通点がある。 ・色白 ・ねこorきつねor爬虫類顔(アゴがとがっている) ・唇が薄い ・アレルギー系統の皮膚疾患を持つ ・鬱っぽい 私の恋愛というのはいつも電撃的に開始される。間違いなくカナリアの雌が雄の歌に刺激されるように、私の恋愛中枢には『鍵刺激』があって、その表現型は前述のもののようになるんだろう。 さて、こういったことを通して私が思うのは『やっぱり学問ってのも楽しく生きるひとつの方法だ』ということである。 恋愛が『鍵刺激によって惹起されるシステムのひとつ』と考えることは、あるいは私の恋愛対象の方には失礼かもしれないが、そういった考え方も一方においておくことで、視野を広く持てることは否定できない。 そもそも生物学の諸説が♂・♀の話ではなく女・男の話に引用されることは、カップラーメンを一人Hに使用するがごとくに適正ではない(←これって気持ちいいいんでしょうか?:爆) 生物の戦略という概念では個体や分子結合の単位がその物体としては使われるけれども、肝心のその成功度≒適応度はある程度の世代を経なければ確定できないからだ。 無論多数の人と接することで、短い一時間の経験を内容的に数時間に倍増することが出来るように、たくさんの戦略をもった人間に接することで仮想的にある戦略の複世代にわたった成功度を推察することは可能であるかもしれないが。 って話がずれちゃった。 言いたいことは、そうやって『自分』というものを、表象の一形態に過ぎないと捉えることで、非常に楽に考えることが出来るということだ。 人間というものは、大抵他人の相談にはなかなか上手に答えることが出来るものだ。 ならば自分自身になぜそれが出来ないか? 間違いなく『自分』にとらわれる心、『我執』があるからである。 生物学というようないわゆる『類型』を論じる学問の中に自分を放り込んでしまえば、間違いなく自分は雑魚として扱うことが出来る。 仮にそれが極端な個性を持っていたとしても、『誤差の範囲』と考えることも可能だ。 『世界にひとつだけの花』という歌が流行った。 私は日記でもあまり好きではないと表明したことがある。あるがままの自分がそれだけで十分個性的であるということは認めるけれども、それだけでは十分ではないからだ。 考えてみればこの歌が当たったのは、実はその歌が好きなみんなが『他人に優りたい』と深層心理的にでも思っているからとも極論できるだろう。だって『自分は特別と歌っている詩が好きだ』というのだから。 生きるということは 食べて・寝て・息をしている ということでは十分ではない。 存在していることが必要なのだ。 自分の存在意義を他人の中に求めてもそれは解(または甲斐)がないことは事実だ。 しかし一方で自分の中だけにとらわれていても見えないことは確実なのだ。 矛盾してる? ちょっと傲慢な書き方を許していただけるなら、私の今までの文章でそう思ったあなたは私の第三観点(過去の日記参照)が多少なりとも理解していただけるのではないだろうか? 私たちの肉は間違いなく量産品だし、異性と結合・繁殖できる共通のフォーマットを持っている。 しかし、あなたの霊はあなたでしかないと。 |
| 12月26日(日) |
| いや久しぶりの更新だなぁ… ふさぎこんでいたのではなく、それだけ忙しかったと認識していただいて間違いないです。うん。今回は本当に追われてました。 書きたいことも例によって山ほど。このメモ帳とコナン君の頭脳があれば、私の人生を再現するに十分な感じがする。すでに私の中では文章になるエネルギーがなくなってしまっているけど。 『ハウルの動く城』観ました。色んなサイトで多分色々と取りざたされているのだろうけど、この作品は宮崎アニメの中で一番と私は言いたい。ムスカ大佐には悪いが。 何しろ私は日本男児ですから、直接的に表現することは失礼と思っているわけです。以前の日記にも書きましたけど。その点この作品ってそのほとんどが隠喩的に映像化されていて好み。 私は珍しく女性とこの映画を観たのですが、そりゃもう相手が聞こうが聞くまいが、とにかく自分の言いたいことだけ好き勝手に話すという、元教員としての猛威を奮いました。今でも油断するとこのページでもぶちまけそうなので、我慢我慢。 でもひとつだけ。 この映画、あまりにも『男尊女卑的』じゃないかなぁ… 魔法も使えてカッコも良いハウルにもやっぱり『弱さ』があって、しかもその弱さがまぁいってみれば『男性特有のもの』なんだけど、そこをソフィが癒し・支えていくわけですよ。でもソフィの『弱さ』がほとんど出てこない。なんだか『女性は好きな男性を支える』的な感じが強すぎる気が。 そもそもハウルに会いに来た動機も『自分にかけられた魔法を解く』だったのに。ハウルに助けてもらいに来た人に助けられてるわけですよ。ハウルは。 宮崎の映画全般に言えることですけども。 松本零士にしても『ロマン』ってヤツを大事にする方々は、どうしても男性本位のような気がしてならないような。異性を偶像化するのは仕方ないにしても、女性にもたくさん悩みや弱さはあると思いますです。 この映画のソフィも名前の通り、多い日も安心なぐらい強い女性として描かれていました。 もし私が女性とお付き合いできるとするならば、『自国の矛盾は他国で解決。でも他国の問題には無関心』という帝国主義はとらないと宣言するので、誰か立候補してください(爆 あーでも『もののけ姫』だけは女性本位な映画だったなー。 |
| 2004/12/27/月 |
| ものの名前って良く出来てる。私はかなりな酒飲みなんだけども最近焼酎にはまってます。んではまりだしたばっかりだから色んな銘柄を試すわけだけど、有名なのに『下町のナポレン』こと『いいちこ』がある。でおそらくそれの後発であろう焼酎に『いいとも』がある。 パッと見『似てる』だけの名前だけど、私見ではもうちょっと気が利いてる気がする。『いい』の部分は同じである。『ちこ』の部分が『とも』に変わってる。 そう。『知己(ちこ)』だから『友(とも)』なんじゃないかと。本当のトコは知らないんですけど。物議をかもしている『winny』も『winmx』の次だから『ny』なんですよね。おそらく(mの次がnで、xの次がyだから)。 今日は職場のバイトの人たちとちょっと遅いクリスマスを楽しみました。こういう場所だめですわ。いえ楽しくないのではなく。↑にも『楽しんだ』って書いてるし。 なんつーんすかね。しゃべりすぎ。昨日の日記にも使った例えなんだけど、『将来役に立つこと』として年号を博覧強記させる教員のごとく、つまらんことをジャイアニックに語ってました。まぁ年号の勉強は実は役に立つわけなんですけども。 来年はもう少々静かにしておきたいもんだと本気で思ったです。代わりにサイトの更新頻度を上げようね。 …う |
| 2004/12/28/火 |
| あらもう28日か。今年も残すところわずか3日。早いものだなぁ。今年はなかなか頑張ったんじゃないかな。解りやすい例えを用いるならば、 U.C.0079年にアムロがガンダム拾って赤い彗星と初戦闘をしたときくらいの成果 が上がりました。世の中すごい人がいるなって痛いほどわかりました。戦って勝ったためしがないのに気がついたら二次大戦戦勝国に名を連ねる偉大なイタリアがエジプト侵攻してエライ目見た感じに。 でもまだ私はグフを倒せるほどではないんです。間違いなく。まだ『あの人を超えたい』とか、『マチルダさーんんん!』って感じはなくて、ただただ大人の社会というものに圧倒されるばっかりでした。あ、でもフラウボゥとかにはしっかり萌えてますけど。テクキカさんのとこで『お会いするころには1ターンにギガデイン3回は唱えられるように頑張ります』って軽く約束してしまったばっかりなのに。最近はさらに瞑想してヒットポイントを500位はただで回復させられるようにしようとも欲をかいてます。 で。 何事につけても影響を受けやすいことを第一の目標に掲げている私はすっかりハウルの影響を受けてる感じがします。 まずこの文体。 以前との文章自体のテンションの違いがもう鮮明すぎて… なんでしょうかね? 直接的に訴えることをやはり卑しとしたのでしょうか。 正直職場でも訴えているのですけど、私の言葉ってものすごく文語体なんですよ。会話のときも。今書いているこの日記の方がむしろまだ話し言葉で。直接会話された方のほとんどがあまりのゴツゴツ感に圧倒されて、私相手だと方言も使えなくなるっていう… あんまり笑えないんですが(爆 掲示板にも書いたのですが、私を年金問題より悩ませている問題があって。ハウル的には『動く城と王国の関係』、ガンダム的には『アムロとシャアの思想的対立』、生物的には『ヴィークルと個体群の関係』、女性的には『持田真樹と仲間由紀恵の共通点および最近向かいに住んでる女子学生が可愛いと知ってしまったからには大変なことになるんではないかという懸念』って感じです。 まぁ穏当にそしてホッティにハウルネタで私の悩みを開陳しますと… 個人の利益とか幸せと社会の(個体群の)利益が矛盾することってのも世の中に多いじゃないですか。そういったとき、私ったらちゃんと武士道に生きれるかしら? というかそれは出来る。してみせる。でも、それを意識していると、どうしても今のままでは『全て受け入れてみましょう』にはなれない。 あ! ハウル出てきてない(笑 えーとだから、ハウルがその魔法をサリマン先生の指示の下に組み込まないってのは、ハウル的にはステキなんだけど、戦ってる国家的にはどうなんだ?って。 戦争支持? しませんよ。ワタシャ。絶対。 ただね、私は自分の愛する、つまり自分がなんとしてでも守り抜きたいものに関しては躊躇しませんよ。それで人を傷つけることくらいなんなのさ。殺りますよ。 でもそれが個人的なもの(↑でもすでに私の城は軋んでいるわけですけど)すぎた場合、ただのエゴイストではないかと。 自分さえ良ければいいっていう。 で微妙なんだけどエゴイストとそうじゃないのを隔てるのが責任ってものっぽいんです。私の場合。 失礼ながら髪の毛にあまり恵まれていらっしゃらない方がやたらと頭髪に意識を集中してしまうように、私は自分があまりにも子供ゆえつい責任ってやつに足をとられてしまいがちなのです。 私のMPU(←68030 発振数32MHz)がこれは無責任な! と判断してしまうと、それ以上の関係が全然自然に進まない。女の方のいろんなとこに適当に触ればそれで愛撫といえるのかという問題と同じように、別段約束を破ったらすぐ無責任って感じでもないんですが。 ただその責任って重石が私を私でいさせてくれているものではないのではないかと。 以前にも書いたんですが黒田十兵衛ってのが黒田十兵衛って存在するためには割にたくさんの小道具が必要なんですよ。 そして場合によってはその道具のために命を捨てるべきではないかと。 なんかそうやって考えると、今まで誤解を招きそうだと躊躇していたんですが、神の命令っていうか、風が自分の体を吹き抜けていくのが解るんですよ。びゅっ!って。 なんだろうか。私は外酒はやらないのだけど、自らが営々と築いてきたものをばっさりと捨てるっていう良さは良くわかる(←この場合カネね)。 私は捨てるために自分を鍛えておきたい。私を存在させる何か、黒田十兵衛を十兵衛でいさせるため守らなければならない何かのためにあっさりと自己の生存価を0にしてしまいたい(子供が残せたら死んでも0にはならないけど)。 人に良いものをあげたいと思うように、私の血が必要な場合に備えて私は私を今からでも出来る範囲で良いものにしておきたい。『捨てるべき時』に備えてそれまでは赤ちゃんのように大事にしたい。毎日死ぬ準備を抜かりなく行いたい。 それは不健康に生きるということではない。むしろその逆だ。 部屋はもう帰って来れないかも知れないから綺麗にしておこうとか、果たせそうもない約束はしないとか、未来を予言しないとか。いつでも死ねるように毎日丁寧に生きたいだけだ。 私は自分を安売りする人間がだめになってきました。 やはり血で署名しない限り、悪魔は契約してくれないんでしょうか? 私は『否定することがあなたへの最大の礼節だ』という高みまで達せられるだろうか? ちゃんと登ってますか?>シェリー or リリィ or 向かいの女学生 あなたは自ら望んで生まれてない? 生きてない? だから不満? ナニをおっしゃる。 だからこそ美しいんじゃないですか。 サリマン先生万歳。 |
| 2004/12/29/水 |
| ちょっとね、我ながら前日の日記には不備があるなと。日付変わってから気がついたから別の項にしときます。今日は日付が変わるまで職場から帰っても来られないだろうから。 えと昨日の日記で望まれてないから美しいって書いちゃったんだけれども、どうしても指摘しておきたいポイントがあって。 ネクストコナンズヒントでもないんですが、鍵は『自らが』です。 あなたを望んでないのは自分だけ。『だけ』でもないだろうけど、誰かはあなたを求めてます。間違いなく。 悪いけどネタ上がってんだよね… だって考えてみなさいな。どう考えてもあなたはちょっと自慰的暴君な漫画家某永井さん(仮名。形容句ははいでぃさんからお借りしました)が考える『個体進化』ってやつで発生したドラゴンではないんですよ。 誕生以来ずっと、ずっと、ずうぅぅぅーーーーっと誰かに愛された結果存在している遺伝子(生殖行為が成功または性交していなければあなたは間違いなく存在していない)。 つまり愛されるプロ。 あなたの存在自体があなたが愛されていることの物的証拠なのです。 愛された結果存在し、そして愛されたいから日々大変なとっても愛くるしいホモ・サピエンス。 あれ、『世界でひとつだけの花』に近づいてる? 惜しい。 遺伝子は盲目的ながら、常に新たな戦略を試している。表現形効果においては努力が必要なのですよ。じゃあ私が言いたいことは何? って言えば… そのままではダメだが、必ず突破できる。 ってこと。どっかのいかがわしい宗教のようで申し訳ないんだけど。 自分に備わっているサイヤ人の血を思い出しなさい。 今まであなたの血はさまざまな淘汰圧に耐えて鍛えられてきた日本刀以上に鋭くかつ美しい刃物。ミスリル銀やオリハルコンなどメではない。 でもね、確かに若い人の叫びにも一理ある。 じゃあ俺にとってのフリーザさまってなんなんだよ? そんなの見つからなし、毎日ダルい日常が襲い掛かってくるだけじゃないかよ! って。 知らん。 自分の恋人はしっかり自分で見つけられるんだから、敵くらい見つけてくれ。 良い敵に恵まれない人生はすごく貧しいものです。 でも心配しなさんな。大きいことを考えなければ、すぐにスライムくらいの敵は現れるもんです。先生でもいい。親でもいい。私のように私を鍛えるために存在しているとしか思えない異性の存在でも良い。 一攫千金なはぐれメタルの出現なんて、望まないこと。 ほとんどの良識ある方々がソフィのように自らに魔法をかけてしまう。動く城の発動機(カルシファー)に『こんがらがった魔法だね。俺と約束するにはいけにえがいるのさ』と言われることになる(セリフは要約しています)。 いるんですよ。いけにえが。 ソフィが勉強した時間を象徴した伸びた髪の毛をカルシファーに提供したように。努力という自己の肉体を用いらなければ、悪魔は契約を結んでくれない。 でもモノさえ間違わなければ、悪魔は絶対に契約を実行してくれる。 よく『努力は報われない』などと悟ったように語った方がいらっしゃっるが、報われることがわかっててする『努力』は努力というより『仕事』だし、おそらく報われない努力を例えて言えば、 『毎日私の嫌いなウニを高い金を払って食べ続けたんですが、いつまでたっても数学の点数が伸びません』 といっているようなものが多い。方向性の間違った時間と労働力の費えは『努力』ではない。結果が出そうな方向に頑張っていくことが努力だ。そして残念だが実を結ばなかった場合、私はそれを『浪費』と呼ぶ。 え? 『さっきは実る労働力の消費は仕事って言ってたじゃん?』って!? 違うって。 結果が出そうな方向に頑張っていくことがポイント。 少なくとも2004年と2005年の境界線が迫っている現在では、『ウニを食べて数学的能力が向上する』ってことは合理的じゃないでしょ? だから努力ってのは力むだけではダメなんだと思う。ちゃんと道筋立てないと。浪費になる公算大。 私たちは重力に縛られた人間だから、上がるためには階段か何かが必要。高いところから見下ろした景色ばっかり想像してる分には何もならないって思う。 一歩一歩。確実に。 そうそう。最近解ったんですが、飛行機って軽いだけでは狙った方向にちゃんと飛ばないんですよ。 おもりがないと。 |
| 2004/12/30/金 |
| 我が職場は現在ちょっとしたイベントがあります。 したがって通常業務のほかにもたくさん仕事があって、それはもう毎日が学生の8月31日状態になってます。 『あーもう、ずっと続くんじゃないか』って仕事については思ってるのに、気がついてみると異常に進んでる時計の針(早く帰りたいとき)。 『えーまだこれだけしか経ってないの〜?』(期限付き残業のとき)。 みなさんがそんな状態な上に、何しろサービス業現場の年末ですからそれはもう大変なことです。 そうなってくるとですね。勢いみなさんのストレスとか怒りとか恐怖などのフォースの暗黒面が顔を覗かせてくるわけですよ。 かくいう私も今日も銀河帝国皇帝陛下から たまには自分の怒りに正直になって見なさいよ。それ、本心っていうんだよ。本だぜ。本。それが真実なんだよ。 とお誘いを受けました。 でもね。まぁ待ってくださいよ、陛下。 そんな論法だと、女の子との分厚いコミュニケーションは、どうあっても粘膜の接触だけになっちゃうじゃないですか。私はヤなんですよ。そういうの。シチュエーションも大事だし、ロケーションも凝っていただきたいし、何しろ全部脱いでほしくないじゃないですか。 本音って言葉を耳にするんだけど、本音ってなによ? ホンネって。 葛藤ってからには問題は常に私の中で起こってるんでしょう? 叫んじゃいますよ。 葛藤はリアルに起こってるんじゃない! 心で起こってるんだ! って。 だからさ、道徳的な面もダークサイドも両方と自分のホンネ。いきがってなんとなくワルでワイルドな方を『これがオレってヤツなんだよ…』って。。。 やめましょうよ。 で、私はさらに自分を修復するために、残業はなぜイライラするのか? という問題を哲学することで回避する方法を模索していました。仕事しながら。 こんな解釈はいかがでしょう? 残業っていうからには、予定された時間よりも拘束されている。決められていた時間じゃないから本来の自分の職務なのに、『自分のやるべき仕事じゃない感』が強まってくる。だから不満が募る。 そんなとこじゃないですか? 最初から『8時間働きなさい』と言われて働いていれば『8時間』が平気でも、『7時間30分働きなさい』と言われていて『ちょっと残って』の呪文で結局『8時間』働くと不満。 定量的に『8時間』という時間には問題はない感じですもん。 要点は決められていたかどうか。 決められていれば『自分の本来の仕事』となって、別段不満が出てくるわけでもない。 人生も一緒じゃないですかね? 『自分の』って思わないと不満だらけになる。 不満だらけの人は考えてみたら、さてどうでしょう。『私は好きで生まれたわけじゃない病』に悩まされていませんか? この病気は発生初期の『なんとなく毎日がつまらない』とか『万能美形で生まれたかった』的なボヤッキーからその兆候が読み取れます。 さらに少々進行すると『オレは一体何のために生まれたんだろう?』へと移行します。意味論的症状です。 この病態は 『日々怠けることに専念し、はぐれメタルに遭遇して、いきなり会心の一撃でぶち倒し、鳴り止まぬテレレンテッテッテー♪を夢見る』 っていう形で外部には見受けられます。 だからないってば。 あなたをいきなりすっごい万能美形に変える事件なんて。 あなたの机から突然猫型ロボットが飛び出してきたり、いきなりメイド服や制服を自宅で着ている妹が現れたりとか。 ない。断じてない。あったなら報告してくれ。てか私において再現する方法を具体的に示してくれ(→ここ)。 この際ネコはどうでも良いから妹の方。出来れば血がつながっていない方が望ましい。 毎日大事に生きていきましょうよ。そのスライムの1EXPが積もり重なって今があるんです。 そうそう、私の遺伝子はおよそ約30億年前からこの厳しい世界で勝ち抜いて生きた名門。全部ではなく、ある一部分の、もしくはある結合、少なくとも塩基配列ないし自己複製子として意味できる1単位程度かもしれないけど。 30億年ですよ。30億年。 3000000000年。 1092000000000日。 26208000000000時間。 (※注 めんどくさいから閏は無視) これだけの私がたかだか3時間程度のよそ事をものともするだろうか? 概算0.00000000001%ですよ。 宝くじの一等が0.00006%(桁間違えたかも)程度。 全然気にしない気にしない。 …ま、これくらい書けば、私がどれだけ残業が嫌かって、みなさまにはもう十分伝わりましたよね?(笑 |
| 2004/Last |
| 31日の掲示板へのカキコ転載 みなさんこんばんは^^ 早いものでもう『大晦日』になってしまいました。 今年はサイト自体は2ヶ月停滞させてしまいましたが、 それでもずいぶん収穫のあった一年のような実感があります。 新しい方にも来ていただき、そしてオフ会までもが実現いたしました。 来年も たくさんの方との交流が出来ますように。 みなさまに多くの幸せが訪れますように。 健康で毎日笑い、悩んでいけますように。 さようなら2004年さん。 もう来ることはありませんが、 なくなることもありません。 来年もまたよろしくお願いいたしますm(_ _)m ありがとうございました>ALL |