| 4月/09 | 最新の日記へ→ |
| 2009/04/09/木 |
| 昔の恩師の誰かが、『0(ゼロ)の発見』という本の紹介をしてくれました。数学の何かの授業の時に教えてくれたように思います。微分積分だったかなぁ。確か『AからBまでの距離の半分を進む』というルールで進んでいくと、進んでいるにも関わらず、永久にBにたどり着けない、という話の中で言ってくれたんだよなぁ。結局その本自体は読んでないんですが、なぜか印象的でした。 大学のときだったと思うんですが。 夜勤のバイトで弁当を作りながら、なんか考えてたとき。 『あ』 って思った。 『そっか。0って数字は存在しないから特殊なんだ』 当時の私は素朴にそんな風に思ったモンです。いやつい最近まで。当時はこの発見に興奮して、一緒に働いてたツヂ君という私の大親友に、全く聞く様子が無いのに一方的に話しまくりました。彼の目は明らかに『そんな話はいいから早くお客さんの弁当を作ってくれ』と訴えてました。 それはさておき。 そのつい最近。ひょんなことで種の実在性というかそういうのにまた想いをめぐらせてたんですね。『種』ってあるのか? みたいな。これについてはまた書くこともあろうと思います。それでまぁ私は今のところその実在性というものを、客観的な実存としてはあんまり認められないなぁという派の人間なんですが、『構造または形成的・時空的な存在としての種』ならあるかも知れないって考えてたら、冒頭の『0』を思い出したんです。 先生が教えてくれた本には多分書いてあったと思うんですけど。 『0って0だけが存在するから特殊』という考えに行き着きました。昔書いたかどうかはわからないんですが、私は『1』という数字の実存を信じていません。これは子供のときからそうでした。『1本の木』と言ってみても、『折ったら2本』になるので、『1本の木』の中に『1』という純粋な属性を認められなかった。いや正直なんとなく『木』なら許せた。私は石が割れることについて猛反発しました。『1個の石が、割れて2個になる』事実は、私には許せないルール違反でした。無論、親には嫌われてました(笑 自分でも今思うと『可愛くない子の典型例』を地で行っていたなぁと苦笑してしまいます。これはよくあると思いますけど当然ながら私は『左右』も苦手でした。ナンデ向かい合った私の『右』と親の『右』が逆方向になるのか全く意味がわからなかったんです。幸い私は幼少の頃に『右手』に大きな火傷をしたもんですから、根負けした親に『火傷がある方が右だ』と言われてやっと腑に落ちました。おかげさまで『右折』『左折』に迷わなくて済み、免許を取れました。ありがとう。 また話が逸れたw 『0』。 『1』が相対的なのに対し、『0』は絶対なんだと気がつきました。0は存在しないから確かに存在するんだと。反論も予想できますが、それに対する反論も思いついてます。ただ、ここまで書いてすでに私は自分のリクツッポさに辟易していますので、もう良しとしていただきたい(爆 読者が在りし日のツジ君になっているのが目に浮かびますw 私にはネッカーキューブが反転するような思考だったんですけどねぇ^^;; |
| 2009/04/17/金 |
| 最近種について考える機会がありまして。まぁそれが元でガタも再起動することにしたんです。無論、『定義しよう』とかそういった野望があるわけではありません。老後、このまま独身を貫いた場合、何か趣味がないと寂しいものがあるなぁと(爆 さておき。 ガタ屋さんには種というものは馴染みが深い。あんまり進化論者が気にしない『亜種』なんていうのにも詳しかったりします。種それ自体定義はたくさんあるんですが、現在のところE.W.マイアさんの生物学的種概念と呼ばれるものが一般的で、簡単に言えば生殖可能な後代を残すものは同種、そうじゃないのが別種。後代を残せるけどなんか違うってヤツは亜種。乱暴に言えばそんなとこです。生殖隔離の有無で測ろうというものです。 私も飼育日記でおおよそこのような方法で話をしてます。でも最近思うんですよね。結局分類するのは人間で、自然が人間の都合に合わせて種を構成または分化しているとは理想論すぎないか、と。もっといえば人間は人間の思うようにしか定義できないから、そもそも完全自然分類というか定義は不可能ではないか、と。 他の分野との類似性でも思うのです。『リチャード・ドーキンス以降、生物における遺伝子を、物理学(または化学)における原子論的に展開できるようになった』という記述を読んだことがあります。まぁ彼の著作を読めば、そう感じなくもない。何度も書くようですが、私もタナゴの系統による分類の論文を読んだときそう思いました。彼とは独立に(笑 で、『最近思う』というのは、そもそも自然界がそのように原子論的に存在するのではなく、我々の認識が原子論的ではないのか、ということです。ミトコンドリアによる系統だって、ビッグバンよろしく『アフリカのただ一人の女性から』、ですよ(7人という説もあり。俗に言う『ミトコンドリア・イブ』)。世界の創生も一点から、ホモ・サピエンスも一人から。おいおいちょっと出来すぎじゃねーかと思いませんか(新しい量子力学はビッグバンまたは特異点を必ずしも支持しないようですし、勘違いされがちですが、ミトコンドリア・イブはあくまでもミトコンドリアのイブであって、それが女性、いわんや『人間』である証拠など、何もございません)。 具体的なたとえ話をして見ましょう。 言語をリンネ的階層構造&生物学的種概念で分類すると… 関西弁と東京弁は、異所的に存在するけど話は通じるので同じ日本語という種の亜種関係にあると考えられます。 『アルタイ語属 日本語 関西』『アルタイ語属 日本語 東京』みたいに表記出来るということでしょう。細かくは書いていきませんけれど、この変異は連続的ですし、その末端同士であるいは生殖隔離(話が通じない)があるようにも思われ、ますます生物っぽい。長岡や松江のように大名が転封(領土換え)をされたために、武家階級だった一部には飛び地的に三河弁が痕跡をとどめています。これも生物の残存種的概念。スバラシイ。 でもまぁ待ってください。 言語の分け方は地方性だけではないです。明らかに。例えば年齢によるものがあるでしょう。『若者の言い方』みたいな。これは年齢というものについて分布するのであって、地域に影響はされつつも主たる要因は年齢でしょう。そうするとですな。先ほどの『アルタイ語属 日本語 関西』のような書き方は出来ないわけですよ。話している人の言葉に対して。『アルタイ語属 日本語 若年 fsp.関西』でも問題ない。でもこれは科学では禁忌なんです。名前が一意でない。というか1対1の関係でない。これは困る!というのが『科学的体系』です。この言語の例え話で言う限り、これは自然に普通に発生する二通りの種名です。しかし『客観的に見る』ハズの科学ではこういう名前は許されない。リンネの命名法を守るのならなおさら。簡単にマイアの生物学的種概念をリンネの表記法と重ねたとき、A・B・Cがあって、AとBは交雑可能でBとCも交雑可能なんだけどAとCはダメ、という場合、この命名法はヤバイ。 そもそも種の定義の方が、種の認識より後であったことには異論が出ようハズがありません。『種はあったがその定義が変わった』。なるほどそれはあるでしょう。が、いずれにせよそれも人間の都合であって、私の論点である、『種は実在かも知れんけど結局認識論的な部分は多いんじゃね?』というところは小揺るぎもしません。ビコールホソアカクワガタ(Cyclommatus bicolor)。これは『二色のホソアカクワガタ』って意味ですけど、人間が全員赤色色盲だったらありえない名前。極端? そんなことないです。モンシロチョウは文字通り『白い』蝶ですが、♂と♀は赤外光下では『別の色』に認識されます。それによって♂♀をそれぞれが判別しているのではないかという仮説もあるくらいです。もし我々がそのような目を持っていれば、確実に『モンシロチョウ』は存在しなかったでしょう。虹ですら『7色』と決まっているわけでもないのに。 昔は形態が全てでした。飼育してるヒマも技術もないから。遺伝という現象が認められ、それが試されるようになってから登場したのが『生物学的種概念』。これは今まで見えなかった赤外光を測定できるようになったから、それで分けましょうというような、非常にアドホックなもの。いやいやそれでも人間が全てを感覚できないだけで、種は実在だというのなら、それは科学ではなく信教に近い。だってわからないものに根拠を持たすのであれば、それはそうかもとしか言いようがない(科学でも、『ある粒子を仮想する』など普通に行なわれているように思いますが)。昆虫の論文なんてかなり面白い。テーマは『AとBはこれだけ違うから別種』みたいになっているのに、中身はすでにしてAとBは違うからこうだ、みたいになってたりする。別種というのは前提で、違いを後から書き連ねる。同じ部分もいっぱいあるんですよ。無論そんなものの多数決では決まらないし、よくあるのが『重要な形質』ってやつですが、『重要』っていうのを決めるのも人間。どう考えても先験的に存在しているようには思われない。あるときには生殖的隔離、あるときには形態変異、はたまた生理・生態的差異などさまざまなものに違いを求めるのならば、ダブルスタンダードを通り越して、マルチスタンダード。1万歩譲ってそれが良かったとして、名前の付け方は『一意』。そりゃ無理だって(笑 でも私はシニクではないのでそれを完全否定などする気もないのは冒頭に書いたとおりです。クワガタという生き物を飼育するとき、楽しみ方の一つだと思ってます。私にとっては生業ではなくあくまでも趣味ですから。 だから私はサイエンスフィクショナルなクワガタシイクです。 |