jdc menu  jdc BBS



blue monday 1983

1983年3月、1枚のシングルが発売された。
フロッピィ・ケースを模したそのレコードは、
あっという間にダンス・チャートを駆け上り、
UKチャート、そして世界へとヒットしていくことになる。
一聴すると、ドアーズ風のメロディと、デジタルサウンドが耳に残る。
繰り返し呼びかけられる、「どんな気分かい」のフレーズ。
平凡なディスコ・ソングにも聴こえる。
しかし、6分以上あるこの曲の最後に、本当の意味が込められている。
それはこんなフレーズだ。
「どんな気分かい? 心臓が止まる時って」。
誰もがこれがただのディスコ・ソングではないことに、そこで初めて気づく。
その曲の題名は「BLUE MONDAY」。憂うつな月曜日。

joy division 1978

パンク以後のイギリスの音楽シーンに大きな影響を与えたとされるバンドがあった。
そのバンドの名前は「JOY DIVISION」。
パンク・バンド「WARSOW」からスタートした4人のメンバーは、
衰退するイギリスに対する絶望を歌にし始めた。
低くどこかしら煽動するかのようなヴォーカル。
時には無機質に、時には美しく響くシンセサイザー。
そして、うねり続けるベース・ライン。
プレスがこぞって賞賛し、
気がつけばインディ・チャートのみならず、UKチャートも上り始める。
そして、80年5月、満を持してアメリカ・ツアーに出発する当日の朝のことだった。

19 may 1980

その朝、JOY DIVISIONの3人のメンバーは、一つの事実に直面する。
ヴォーカリストのイアン・カーティスが前夜自殺したというのだ。
将来を約束されたかに見えたバンドの実にあっけない終焉であった。
残った3人のメンバーは、ひたすら沈黙を守り続けた。
インタビューすら拒否し続けた。
カリスマ性を持ったリード・ヴォーカルの死は、大きな痛手だった。
しかし、誰もがJOY DIVISIONの再起はありえないと思っている頃、
残されたメンバーは、一つの計画を進めていた。
ギタリストのバーナード・サムナーがイアンに替わってヴォーカルをとり、
試行錯誤の続くレコーディングが続けられていた。

ceremony 1981

1981年2月、1枚のシングル盤が届けられる。
曲名は「CEREMONY」。
JOY DIVISION最後のレパートリーとして作られた曲だ。
アーティスト名は「NEW ORDER」。
そのシングル盤の内側には「How I wish we were here with you now.」という刻印が。
そう、これは新しい名前を持ったJOY DIVISIONの復活であった。
しかし、続けて届いたアルバムは芳しい成果をあげずに終わってしまう。
イアンを意識したヴォーカル。
焦点の定まらないサウンド。
だれもがJOY DIVISIONとNEW ORDERを比較し、後者に失望した。

new order 1983

しかし、NEW ORDERは、世間の期待を別の方向に裏切って復活する。
それは、ディスコ・シーンへの接近。
一説によれば、イアンが死ぬ前にやりたがっていたのだともいう。
そして、発表されたのが「BLUE MONDAY」。
1983年、イアンの死をディスコ・シングルにしたNEW ORDERは、
独自の道を歩み始めた。





jdculture

NEW ORDER/JOY DIVISIONのファンサイト

 

墓参レポート2003

 


jdc menu


JDC-BBS(掲示板)
移転しました!

24hour party peopleを語る!

2003年1月。お墓参りしてきました

ヴァーチャル墓参

LOOKING FOR IAN CURTIS
(マンチェスターへのご案内)


最近は日々の更新をblogでやってますので、
よろしければkuboke GO HOMEも併せてご覧ください。

上記blogより、NEW ORDER関連だけを抽出


 

墓参およびマンチェ案内の内容は、うたぞう(元1963)さんより、
多大なる資料提供をいただいたものです。

True Faith Leaves

 



(c)kuboke 1997-2007
 
メール


kuboke presents
kubokeに戻る